2015.10.30~31

共同通信社の「OVO オーヴォ」というサイトに、第一回目の四国行きの記事が三回に分けて掲載されました。

今はOVOでの掲載が終了したので、以下に同じ内容を掲載します。

 

 私は四国で心の旅がしたくなった

  もうずいぶん昔、浅草の七福神ウォークに参加した時、出発前にきいた浅草寺住職の話が心に残った。「人は歩くことによって罪を浄化することができる」という内容だったので、俗人の私は「え!悪いことをしても、その分歩けばいいの?」などと考えてしまった。でも、スペインのサンティアーゴ・デ・コンポステーラへの巡礼もあることだし、やはり人種や宗教を超えて「歩く」という行為には意味がありそうだ。

 だけど、巡礼ならスペインまで行かずに日本でもできるわけで、「四国遍路」があるじゃないか。そう考えて本気で調べてみると、いろいろなことがわかってきた。

 四国八十八カ所を巡る遍路は一番札所(ふだしょ)から八十八番札所まで番号がついていて、どこから始めてもかまわないが、時計まわりに巡ることを「順打ち」と呼び、反時計まわりに八十八番札所からまわることを「逆打ち」と呼んでいる。「打つ」というのはかつて寺の門などに木の札を打ち付けたことに由来する言葉で(札所という呼び方も同じ)、1回でまわることを「通し打ち」、何回かに分けて行うことは「区切り打ち」と呼んでいる。八十八カ所を通しでお参りするには、徒歩で1200km自動車で1400kmの行程なので、仕事を持っているとどうしても「区切り打ち」になるが、「通し打ちが偉い」というわけでもないし、歩いたから偉いということもない。時期も「この季節この期間でなければならない」というものはない。八十八の札所は四国全土に点在していて、比較的狭い範囲に札所が密集している地域もあるし、次の札所まで徒歩3日がかりというケースもあるので、その人の都合に合わせてお参りをすればよい。そんなふうに概要が頭に入ってきた。

 僧侶の修行ではなく、一般人による四国遍路は16世紀頃から始まったとされる。そして江戸・明治・大正・昭和と続き、自動車の普及と道路の整備により、1960年代からは自家用車や観光バス、タクシーなどを利用してお参りする人が増えた。興味深いことに、バブル崩壊後の1990年代から2000年以降は「歩き遍路」が増えている。この20年ほどは豊かさや便利さに満足し、別の何かを求めている時代になっているらしい。四国遍路のことを友人たちに話すと、誰も反対をしないどころか、みんなに「いいなあ、私もいつか行きたい」とうらやましがられた。

 四国では今も弘法大師が巡っているとされ、札所を巡ることで御大師様に会え、功徳が得られると考えられている。そして「同行二人(どうぎょうににん)」とは、遍路中は常に御大師様が共に行動し見守ってくれているという意味で、金剛杖は御大師様の分身とされている。近頃よく「パワースポット」という言葉を耳にするけれど、四国はそのもの全部が広大な「パワーエリア」なのだろう。私は四国で心の旅がしたくなった。

 「どこから始めてもよい」とのことだが、四国以外の場所から行くのならやはり一番札所からの順打ちということになる。調べてみると、一番から十番までの札所は比較的隣接しているので、まずは二日かけてここを歩くことにした。一番札所は徳島県なので、徳島へ行く飛行機のツアーをさがすと、羽田からの飛行機代とJR徳島駅近くのホテルに2泊というものが簡単に見つかった。季節や曜日によって値段はまちまちだが、往復の飛行機代と宿泊費で23000円から36000円ぐらいで、朝食付きのツアーもあった。夜行バスもあるが、東京からだと時間がかかるので飛行機で行くことにした。

 一日目 羽田 徳島(飛行機) 一番札所から歩き、 徳島駅近くのホテルに泊まる

 二日目 ホテルから昨日歩き終えた場所まで行き できれば十番札所まで行って戻る

 三日目 徳島市内の観光をして 羽田に帰る

 もちろん、歩きに自信があって日程に余裕がない場合は1泊2日でもOKだが、初めてなので余裕をもった計画にした。これなら女性でもOKだろう。

 初日は朝7時に出発する飛行機を選んだ。羽田から徳島空港は1時間程度のフライトで到着する。私は空港から鳴門駅に行き、そこからJRに乗ったのだが、これは大きく時間をロスした。空港から鳴門駅に行くバスが1時間ぐらい来ないし、JRの乗換も20分ほど待つことになった。おすすめは、徳島空港ーバスで徳島駅、そこからJRまたは徳島バスで一番札所へ行くのが最もスムーズな経路だということがわかった。

 

 四国八十八カ所の巡礼は人それぞれの行い方で良い

 遍路に出るにはいくつかの準備が必要で、それは大きく分けると「装束関係」と「納経用品」で、これらは一番札所の霊山寺で買える。もちろんWeb通販で購入もできるので、私は出発前に「いっぽ一歩堂」さんで購入し、線香やろうそくは100円ショップで買った。

 装束関係は1白衣2菅笠3金剛杖4数珠5輪袈裟6さんや袋(納経用品を入れるショルダーバッグのようなもの)7鈴、ということになるが、私は123を用意した。普段着のままでも良いが、123を身につけることによって、怪しい者ではないことをわかってもらえる利点があり、特に歩く場合は地元の人との交流がしやすい。ただ、今回紹介する一番から十番札所の行程では、金剛杖のお世話になる場面はなかった。菅笠は陽よけにもなるし雨の日はビニールのカバーをかければ傘代わりにもなるので、1と2は必須だろう。

 札所では、ろうそくと線香をあげ、納め札を納めて般若心経を読む。これを本堂と大師堂で行うので、ろうそく2本、線香6本、納め札2枚、それにお賽銭が必要だ(額はいくらでもよい)。そして納経所で納経帳にご朱印と黒書をしてもらう(300円)。札所での作法その他のすべてをここには書けないので、「遍路・作法」などの語句で事前に調べよう。服装、読経、何をどう省いても咎められることはないから、自分で決めるしかない。遍路は心だから、全部を歩いて巡ることが偉いわけでもない。だって、本当に全部徒歩でということなら自宅から歩いて行くことになるわけで、そうしたい人はそうすれば良い。部分的に歩くだけでもOKだし、その人に合った遍路を見つけよう。四国八十八カ所の巡礼はどう行っても壮大なのだが、人それぞれの行い方で良いとすることに、独特の懐の深さとやさしさを感じた。

 多分あるだろうと思ってスマホのアプリを探してみると、やはりAndroidにもiPhoneにも地図と連動する遍路アプリが見つかった。私はiPhoneを使っているので「巡礼GO」をインストールした。「巡礼GO」を使うと地図で札所の場所を確認できるし、次の札所へのルート案内もしてくれる。さらに本堂や大師堂の前で唱える言葉や般若心経などが表示できる。無料版と有料版があり有料版は600円なのだが、経本を持たなくても済むことだけを考えれても安いものだと思う。般若心経はYouTubeでどのように読むのかを確かめて、事前に何度か練習をした。また、般若心経の解釈については、こちらのサイトわかりやすくておすすめだ。 

 

 

 

 2015年11月1日の朝、羽田から約1時間、午前9時前には徳島空港に着いていたというのに、鳴門駅に向かったので長い時間バスを待ち、JR板東駅に着いたら11時ぐらいになっていた。とにかく電車の本数がきわめて少ないので、阿波おどり空港からは徳島駅に行き、そこからJRや徳島バスを利用するのが良い。何とか板東駅に着いて一番札所まで歩き、やや不安な心持ちで到着した。一礼をして境内に入ると、平日の昼頃だったが、霊山寺には沢山の人がいて外国人参拝者もいた。作法通り、手水場(ちょうずば)で、左手右手と清め口をすすぎ、柄杓を洗って戻す。白衣を着ている人も多いので、私も持参した白衣を着るが、まだここではちょっと恥ずかしい感じがした。

 慣れない一番札所では戸惑うことが多かったのだが、ろうそくと線香をあげ、お賽銭と納め札をおさめて般若心経を唱える。これを本堂と大師堂の二カ所で行ってから、少し離れた納経所に行って納経帳にご朱印と墨書をいただき、「おすがた」と呼ばれる御影(みえ)を受け取った。ここまで終わった時、うそいつわりなくとても嬉しかった。こうして、私の四国遍路が始まった。

 

 二番札所の極楽寺までは1.2kmなので、15分ほど歩けば到着する。こちらはウソのように人が少なく、落ち着いて読経を済ませ、納経所でお証をいただく。これがまた嬉しかった。こんな風にして、次の札所までの細い道を歩いて行くと、時折地元の人が道を教えてくれたりする。そして、のどかな街並みに心が安まることを感じつつ、第一日目は五番札所の地蔵寺まで歩き、バスに乗って徳島駅近くにあるホテルに向かった。徳島駅近くで「徳島ラーメン」を食べると、細い麺に独特の濃厚なスープが美味しかった。この日の歩行は約3万歩ぐらいで、さすがに疲れた。

 

二日目は、着替えなど不要な荷物はホテルに置き、使わないであろう金剛杖もホテルに残して、徳島駅からバスに乗って昨日の場所まで戻った。五番札所からの道は国道沿いで、途中には遍路向けの休憩所などもあり、四国を歩く遍路が受け入れられていることを実感した。

 雨具や水、カメラや電池、そして納経関係の用品をいれたザックの重さは4kgぐらいだろうか、それほどきつくはないが上り坂は少しペースを落としてゆっくり歩こう。天気は快晴、歩いていてもちょっと汗をかく程度で快適だった。前日と違って徐々に田園地帯になってゆく。札所の雰囲気もいろいろで、敷地が広く大きくて立派なお寺や、畑の中に建っているお寺、いろいろな札所がある。まだ始まったばかりだけれど、なんとなくわかってきた。そして、一カ所で2回ずつ般若心経を読んだので、徐々に慣れてきた。

 iPhoneアプリの「巡礼GO」は実に便利だった。札所に着いたら、各札所のページにある「納経」という欄をタップして納経を保存しよう。そして次の札所の住所をタップすると、画面が地図アプリに移行してルート案内が表示されるので、紙の地図は一度も見なかったし、道に迷うことはなかった。ただし、GPSを使うと電池の消耗が激しいし、ショートカット可能な旧道は表示されないので、基本的には紙の地図を使うのが好ましいと思う。

 

 第十番札所である切幡寺では、なんと最後に333段の階段が待っていた。予定通り二日間でここまで歩くことができたので良かった。そして、切幡寺から次の藤井寺に行く途中にあるJR「阿波川島駅」まで歩いて一回目の区切り打ちを終えることにしたが、これはかなり長かった。吉野川にかかる潜水橋を二つ渡り、民家はあるが駅までの区間にコンビニはおろか、店が一つもなく途中で日が暮れた。阿波川島駅までの道には街路灯があったので、iPhoneを懐中電灯にして歩くことはなかったので助かった。でも、次の十一番から十二番十三番札所は、「遍路ころがし」と呼ばれる山道なので、小型のヘッドランプと予備のモバイルバッテリーが絶対必要だ。電車で徳島駅に着き、食事をしてホテルに戻ると、この日の歩行は約4万歩になろうとしていた。

 今から計画を立てて春に発願(ほつがん)してみてはどうだろう

 最終日は15時のフライトだったので、昼過ぎまでは徳島市内を観光ということにして、阿波おどり会館に行き眉山ロープウエイに乗って市内を展望した。さすがに二日間歩いたので脚がだるい。阿波おどり会館の中には阿波おどりミュージアムがあるので、こちらに寄ったり、1階の「あるでよ徳島」で、鳴門のわかめ、さつまいも、徳島ラーメン、阿波和三盆を使ったお菓子など、徳島土産を物色した。

 次の、十一番の藤井寺から十二番の焼山寺への道は標高にして700mほど登った後、約300mほど下ってからまた250m登る。東京近郊で言えば高尾山の登りが約500mほどの標高差なので、それの二倍ほどの登りだから、登山に慣れている人なら普通かも知れない。だが、平地を歩くことが多い遍路の中ではかなり厳しい部分だ。もちろん私は次回も順番通りに歩く予定だが、一番札所から十番札所までとは違うものだという覚悟と準備が必要になる。だから、誰にでもここを歩けという気にはならないが、日頃登山やジョギングなどをしている方なら、是非ここも歩いてほしい。そして、くれぐれも、雨具と防寒用の衣類と水と食べ物は忘れないでほしい。

 

 歩き遍路に向く季節はと考えると、やはり最高は春と秋だろう。梅雨時から夏は気温が高く陽射しが強すぎて歩くのが大変だし、秋も10月までは台風が心配だ。だから、天気が良ければ少し遅めの秋から冬は意外におすすめだ。今から計画を立てて春に発願、そして何年かかけて結願(けちがん)するのはどうだろう。